公証人の相続・遺言講座

数年前、当事務所代表が参加した公証人の相続・遺言講座の内容です。多少の法律知識も必要ですが、豊富な経験に基づいて、さらに公証人の“本音”も話していたので、代表が加筆修正して分かりやすく編集しました。

 

ぜひご一読ください。

相続人の範囲

子どもがいない女性から、こんな質問を受けたことがあった。「自分が死んだ後、自分の兄弟に財産をあげたい。亡くなった夫の兄弟からなにか言われないか?」。話を聞くと、夫が亡くなった時に、夫の兄弟にゴタゴタ言われたらしい。
これは相続人の範囲を知らなかったからだ。「夫の兄弟に、あなたの財産について相続権はない」ということを教えてあげたら安心していた。

養子の子どもは養親の遺産を代襲相続できるのか?遺言を作っているとたまに出てくる。もしも養子が亡くなった場合は、この子どもは代襲相続できるのか?これはちゃんと法律に書いてある。養子縁組した後に生まれた子供は直系卑族になるので、代襲相続権がある。養子縁組前に産まれた子供は孫にならないので、相続権がない。

相続放棄した子どもの子ども、要するに孫は代襲相続するのか?代襲相続の原因は実は3つに限られている。「死亡」「欠格事由」「相続人の廃除」である。「欠格事由規定」はいくつか法律で決められている。「相続人の廃除」は、例えば子どもが親を虐待した場合など。

 

つまり、放棄は代襲相続原因にならない。そのため孫は代襲相続しない。そうすると、両親あるいは兄弟姉妹が相続人となる。でもよく考えると、なぜ子どもは相続放棄するのか?簡単ですよ。大体被相続人に借金があるからですよ。
だから兄弟姉妹も気をつけなければいけない。相続が発生したことを知った日から3カ月以内に相続放棄の手続きをしなければいけない。

妊娠中の胎児は相続人となるのか?胎児は相続に関してはすでに産まれたものとみなす(民法886条)とはどういうことなのか。産まれることを停止条件とみなすか、死産することを解除条件とみなすかで変わる。

 

実際は、「胎児は出生してきたら遡って相続人となる」という考えを持っている。遺産分割協議をする場合、もし胎児が産まれてきたら、この子を抜きにして行った遺産分割協議は無効になる。だから妊娠している場合は、それを相続人に伝え、分割協議を待ってもらわなければならない。

相続財産の範囲

保険金についてはみんな関心があるようだ。遺言を作る時に、保険金のことについて触れなくていいのか?と聞いてくる。結論からいうと、満期保険金も死亡保険金も触れる必要がない。自分が死んだら保険金を払ってくださいと、受取人をしているはずだ。被相続人が亡くなったら受取人に直接お金がいくので、相続財産に入ってこない。遺言に書いてもむだだ。そもそも遺言とは単独行為である。保険会社との間で受取人を決めているのに、保険会社を抜きには語れない。できない話だ。ただし、受取人を変更すれば、保険金はそちらへいく。

 

生前にやっておくのが一番だ。しかし事情がある場合もある。受取人の変更は遺言でもできる。できるが、保険契約からでる制限もある。大体どこの保険会社も配偶者や2親等内の血族で設定している。まずは保険会社との約款はどうなっているのか、考えなければならない。共済年金や厚生年金などの遺族年金は遺族にあげるものなので、遺言であろうとなんであろうと勝手にはいじられない。法律で決まっている。

 

墓は誰が継ぐのかという話もよくある。中には非常にお墓のことを気にする人がいる。お墓は祭祀主催者が受け継ぐ。仏壇仏具は相続財産ではない。祭祀主催者は、どうやって決めるのか。法律には、まずは被相続人の指定、続いて慣習に従って、さらに裁判所の指定で、と書いてある。遺言じゃなくても口頭で指定しておいてもよい。遺言による必要はないが、書いておく方がよい。公正証書遺言で祭祀財産を指定すると、それだけで1万1,000円かかる(笑)

 

今だったら、多分祭祀主催でもめるということはないと思うが…。親御さんとしてはきちんとしておきたいのだろう。

遺贈

死んだ後に財産を誰かにあげるには3通りの方法がある。相続(法定相続、遺言による相続)、遺贈、死因贈与契約だ。死因贈与契約は、財産とあげる人ともらう人があらかじめ契約しておく。問題は遺言による相続と遺贈は何が違うんだということだ。

相続とは相続人に対する財産処分だ。じゃあ遺贈は…?相続人以外の者に対する財産処分である。例えば友だちに財産をあげたい、赤十字など団体にあげたいということも遺贈になる。
相続人対しては「相続させます」と書いてください。相続人でない人に対しては「遺贈します」と書きます。子どもには「相続させます」、孫には「遺贈します」と書く。相続人に対して遺贈しても構わない。しかし、できれば相続人に対しては「相続させます」と書いてほしい。例えば不動産を相続させたとき、所有権の移転登記をする。その時、不動産の価格に対して登録免許税がかかるのだが、遺贈の場合は2%かかる。相続の場合は0.4%でいい。遺贈のほうが5倍高くなる。遺贈による所有権登記と相続による所有権登記は異なる。


そして遺贈には2つ種類がある。包括遺贈と特定遺贈だ。遺言者は包括または特定して遺贈することができる。特定遺贈とは財産を特定する。包括遺贈は、「私の財産のうちの3分1をあげる」とか書くことができる。包括遺贈の場合は相続人と同じとみなされる。どう違ってくるのか。一番大きな違いは、包括遺贈の場合は相続人が増えるのと同じだ。もし被相続人に大きな借金があれば、借金も引き継ぐことになる。

 

特定遺贈の場合はそういうことはない。遺言で遺贈を受けたと言っても、断りたいこともある。本人が全然知らない間に遺贈されている場合もある。包括遺贈の場合は相続と同じように知った日から3カ月以内に放棄しなければならない。特定遺贈の場合は、受遺者はいつでも放棄することができる。極端な話、ほっておいても大丈夫だ。ただし、子どもなど相続人は困るので、遺贈を受けるのか受けないのか、子どもたちは催告することができる。もしも相続人がどうしますか?と回答しないと、受けたものとみなされる。

債務の承継

厳密に言えば債務(借金)の相続というのはない。借金は、当然に相続人が相続人の割合に応じて承継する。言葉としては「債務の承継」が正しい。遺言で借金の承継の割合を変更することも可能だが、それは相続人内で有効な話だ。しかし債権者にとっては関係ない話なので、全ての相続人に貸金の返還を請求することができる。しかし遺言では、だいたい債務の負担について書いている。自分の財産の中から払ってくれよと。

葬儀費用の負担

葬儀納骨の費用は誰が負担するのか?よく相続人全員で負担すると間違われているが、実は祭祀主宰者が負担することになる。税法上、葬儀費用は相続財産から控除できるが、法的に言えば、祭祀主催者が負担しなければならない。これも遺言で書いている場合が多い。葬儀費用は亡くなった時に自分の財産から出してくれと。それが一番もめないだろう。

遺言

子どもがいない場合は遺言を残したほうがよい。例えば夫が亡くなったとき、夫の兄弟と分割協議しなければならない。しかし分割協議は大変だ。夫の財産は妻と築いたものであるのに、なぜそれを夫の兄弟に渡さなければならないのか。ある意味理不尽な規定だ。「妻●●に私の有する全財産を相続させます」と書いて、日付を書いて、名前を書いて、実印をボンと押せばそれでよい。旦那が奥さんを愛していなければ書いてくれないかもしれないが(笑)

 

受遺者が遺言者より先に亡くなった場合、代襲相続は適用されるのか?適用されません。代襲相続は法定相続についての規定であって、遺言についての規定ではない。だから受遺者が亡くなった時にもう一度遺言を書く。しかし公正証書遺言はまたお金がかかる。そこで「予備的遺言」をしておく。「この子が亡くなったら、孫にあげると」。これを書いておく必要がある。夫婦とか、兄弟にあげる場合は予備的遺言をしておくべきだろう。予備的遺言を書いても、公正証書遺言はその分のお金はとりません。

遺留分減殺請求がくると、その分を返さなければならない。不動産を請求されたら、共有名義にしなければならない。そうなるとお金で返すしかない。
「自宅を子どもに相続させたいが、妻の生活の本拠がなくなることが心配だ」。長男に継がせてしまうと、奥さんのものではなくなる。長男は変なことを言わないかもしれないが、長男の嫁が言うかもしれない。その場合、どうすればよいか?やり方は2つある。「遺言信託」と「負担付遺贈」だ。

 

遺言信託は、所有権を妻に移す。信託登記をする。しかしこれをやると子どもがあまりいい気がしない。なぜこんなややこしいことをするのか、と。だからほとんど使われていない。私も2件しかやったことがない。
そこで「負担付き遺言」だ。長男に土地をあげるが、その代わり、お母さんが生存中はずっと住まわせなさいとする。もし奥さんが追い出されたら、奥さんは家庭裁判所に申し立てればよい。そうすれば遺言は遡って無効になり、分割協議が必要になる。

不動産しか財産がないが、2人の子供に平等に分けるにはどうすればよいか。不動産の共有はもめごとの原因になりやすいので、避けた方がよい。一般的には単独名義で相続させるのがよい。代償分割というやり方がよいだろう。不動産を取得した長男が不動産の価格の半分をほかの子供に払えばよい。ただしこれもあまり使われていない。実際問題。長男がこれだけのお金が用意するのが大変だからだ。

遺言書には自筆証書、秘密証書、公正証書の3つがある。秘密証書はやらないほうがよい。自筆と公正証書の欠点を併せ持ったものだ。自筆証書は簡単だが、検認手続が必要だ。裁判所に持って行って、開封して相続人を集める。これが意外と面倒だ。相続人が誰かを確定するのに資料は自分で集めなければならない。公正証書はこんな手続きはいらない。金融機関に持っていけば解約できるし、法務局に持っていけば登記できる。残された人のことを想うのであれば公正証書にしておけばよい。

相続人が認知の場合はどうすればよいのか。妻が認知になって、自分が死んだらどうする…?成年後見制度を利用すればよい。自分が亡くなったとき、行政書士などと死後事務委任契約を結ぶ。遺言で財産を妻に贈ると同時に死後事務委任契約を結ぶ。成年後見の選任請求をしてください、と頼んでおく。
もうひとつは自分が亡くなる前に、自分自身が成年後見人になっておけばよい。自分が亡くなれば、裁判所が自動的に次の成年後見人を選任してくれる。その人が管理してくれる。その場合は亡くなったことを裁判所に通知しなければならないので、その作業を死後事務委任契約しておくべきだろう。

遺言執行者

私が遺言を作る場合、遺言執行者を必ず決める。遺言執行者とは遺言の内容をきちんと実現してくる人だ。自分が亡くなったあとの預貯金を解約して、子どもに分配する。遺言執行者を決めたからと言って、デメリットは何もない。メリットは不動産の遺贈の場合が大きい。不動産の相続を受けた場合、登記手続きが必要だ。相続の場合は当然に所有権が移るので、単独で所有権の移転登記ができる。


しかし遺贈の場合は共同登記が原則だ。遺言者の相続人と受遺者が共同で登記申請しなければならない。相続人の協力がいる。もし相続人が非協力だったら、裁判沙汰になる。非常に面倒だ。相続人が勝手に不動産を売却し、第三者が移転登記した場合、不動産は登記が対抗要件だ。受遺者はこの不動産を受け取れなくなる。
この場合、受遺者を遺言執行者にしておく。遺言執行者は相続人の代理人とみなされる。ということは、受遺者単独で登記ができる。

 

もうひとつは預貯金。遺言執行者がなければ、預貯金の解約をする場合、共同でしなければならない。銀行によっては遺言執行者の指定がなければ、相続人全員のハンコをもってこいということもある。遺言執行者は相続人の代理人なので、単独で手続きができる。できれば執行者は一人にしておくべき。複数の人を選ぶとまためんどくさいことになる。
基本的には一番多く財産をあげる人を指定しておけばよい。少ない財産しかもらわない人は、その人が動かない場合もある。